アフガニスタンからのレポート
1−1
禁 無断転載



27日 スピンボルダック避難民キャンプにて

2002年1月21日
 JIT(ジャパン・イスラミック・トラスト)が呼びかけ、大塚マスジド(モスク)が中心となってアフガニスタン難民と国内避難民の越冬の支援のために全国から集まってきた古着や毛布などの緊急支援物資は、コンテナに積まれ、海を越え、パキスタンのカラチ港に到着した。

 その第1便コンテナを受け取り、今最も必要性のある難民キャンプや避難地にて支援物資を届けるため、JIT幹部のクレイシ・ハールーン氏をはじめとしたボランティアが現地に向かう。

 パキスタン航空PK853便の出発は13時55分の予定だったが、成田地方が強風と強い雨だったためスケジュールが遅れ、17時頃の出発となった。
 飛行機の中は案外空席だらけだったのだが、経由地の北京からはビジネスマンを中心とした中国人でイスラマバード行きは満席となる。
(報告:漆原比呂志 クエッタにて 1/22.22:00)
2001年1月22日

*************
Quetta
最低気温:-7℃
最高気温:7℃
天気:Sunny
湿度:71%
*************
 機内で1夜明け、03時30分にイスラマバードに到着すると、出迎える集団の中にいくつか難民支援のための日本のNGOや報道関係者のスタッフの姿もあった。気温は6度だが、それほど寒さは感じられない。
 空港を1歩でると閑散としているが、よく整備されているハイウェーを車で20分ほど走ったところにある新興住宅地に午前4時過ぎに到着。今回の活動を現地でコーディネートしているローカルNGOのZaki Latif Welfare Trustの理事、タンウィール氏のお宅で仮眠をとらせていただく。

 夜明け前の6時20分、近所のモスクに50人程が集まり、朝の祈り。

 6時45分、小学校登校前、赤いブレザーの制服を着た息子さんと共に、あたたかい卵焼きとパンとチャイの朝食をごちそうになりながら、タンウィール氏とコンテナの到着状況について確認。
 カラチ港には10基の40フィートコンテナと20フィート1基が到着しており、そのうち2基はまだ税関をでていないが、9基は現在クエッタに移動中とのこと。午後便でクエッタに飛ぶことにした。

 タンウィール氏の家を出発する9時前、部屋で祈り。
 ペシャワールを中心に現地の活動に協力しているラホールに本部をもつローカルNGOの代表と弁護士の二人がタンウィール氏の事務所を訪れ、ペシャワール近郊の難民キャンプの支援について打ち合わせ。

 現在、ジェロサイキャンプに、新たに流入し、難民認定されていないために国連など援助機関から支援を得られず、テント・毛布・食糧などが確保できないでいる多数の難民の状況が深刻であるとの報告を受けた。この件に際し調査を依頼し、このローカルNGOはこの後すぐにペシャワールに向かった。

 12時50分イスラマバード発の国内便で15時クエッタに到着。ここでもクエッタを中心に活動するローカルNGOが出迎えてくれ、ホテルにて現状についての情報交換と対策について話し合う。
 この地域周辺では3つのエリアにおける支援が求められている。

 一つ目は、クエッタに少なくとも10箇所存在している古くからある難民キャンプに新たに流入した未認定の難民についてであり、明日から状況調査することになった。

 二つ目は国境すぐ近くの街、チャマンに大勢いるとされる未認定の難民。

 三つ目は国境からアフガニスタン内に5キロ地点からはじまるスピンボルダック地域の国内避難民エリア。パクティヤ・パクティカ・ホーストなどの場所で現在でも週に1,2回、2,3日間連続して行われている米軍の攻撃から逃れてきた人々、旱魃の影響を受けて移動している人々、厳しい寒さのために近隣4州(カンダハル、ザブール、ヘルマン、オロズガン各州)から移動してきた人々の状況が深刻である。
 スピンボルダックやチャマンは平地で風の影響を直接受けるため、山に囲まれているクエッタよりも寒さが厳しいという。

 スピンボルダックの近くには水がない。ローカルNGOの要請を受けて、4X4X4フィートの水タンクを近日中に購入し、6箇所に設置することを決めた。毎日1,2回クエッタかチャマンなどからトラックで現場に水を運ぶ必要があるが、少なくとも3ヶ月間の給水を確保する。
(報告:漆原比呂志 クエッタにて 1/22.22:00)
パキスタン西部のクエッタ(Quetta)には、カンダハール(Kandahar)から国境を越えて避難民が流入している。
2001年1月23日

*************
Quetta
最低気温:-7℃
最高気温:7℃
天気:Sunny
湿度:71%
*************
 クエッタでは昨晩から雨が降り、今朝は曇り。路面はまだ濡れているが、朝から自転車、リキシャ(オート三輪)、人々がせわしなく行き交い、活気に満ちている。
 この地方では、雨や曇りの日のほうが、むしろ暖かいという。寒さの原因はこの街を取り囲んでいる山脈から吹きおろす風のせいなのだろうか。風は感じられない。でも少し寒い。

 ローカルNGOのメンバーたちも昨晩は遅くまで打ち合わせし、相部屋で泊まり、今朝は卵焼きとナン、パラタの朝食を共にした。
 今日は今回の活動を実施するにあたって必要な政府機関の許認可手続きのために動くことになる。難民キャンプへの入域は外国人はもちろん、パキスタン人も安全上の理由から政府の許可が必要である。ホテル前のジナ通りを流すリキシャに乗って、役所まわりに出発した。

 アフガン難民組織管理事務所のバロチスタン州事務所は、ユニセフ事務所などのある市内の比較的高級な住宅地の一角にあった。国連やイスラムNGOなどの車が常に出入りし、来客や電話が絶え間ない。ただ、欧米系のNGOで働く外国人の姿を見かけなかったのは意外だった。
 
 担当官は協力の意向を示してくれた。
 彼の話によると、特にここ数日も新しく流入してきた難民人口が増えているダラ・キャンプでは、まだ支援体制が確立されていないとのこと。現在8,000人の難民数とされているが、今週中には1万人規模になると予想され、想定15,000人分の支援の準備が必要になるだろうとのアドバイスがあった。

 ダラ・キャンプはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が管理・運営し始めたばかりだ。
 「今一番支援を必要としているのは、難民認定されないために必要な援助を得られない人々だ。」とクレイシ氏が担当官に主張する。難民認定を条件に援助物資の配給をするUNHCRが動けない部分を担いたい、という意図を伝えるためである。
 担当官曰く、新難民たちは認定を受けたばかりで、生活に必要なものすべてが不足している。UNHCRの現在配給できているのは小麦粉、豆、油の3点のみで、衣料などは決定的に不足しているとのこと。ダラ・キャンプでの支援も検討することにした。

 当事務所のチャマン(国境の街)担当官と、コンテナで送られてきた物資の管理、倉庫の設置場所について交渉。続いて副担当官による私へのインタヴューなどもあり、結局この事務所に3時間以上も張り付いてしまった。

 その成果を今度はバロチスタン州政府法務局に提出しに行く。お天気雨、不思議な天気だ。
 どこの役所も同じようなものだが、政治局2課(部族関連の部署)とその周辺でペーパーを回し、コピーし、待たされ、晴れて14時45分チャマンのキャンプ入域許可が下りた。
 ただし許可証を見ると、金曜日は不許可と手書きされている。
 金曜日はデモが多いというのが理由だった。全国で起こっている反米デモだが、クエッタでは最も激しいと言われている。

 クレイシ氏の携帯に一報が入る。コンテナがクエッタに今晩到着する見込みだ。
(報告:漆原比呂志 クエッタにて 1/23.18:00)
| 1-1 (1/21~23) | 1-2 (1/24) | 1-3 (1/25) | 1-4 (1/26) | 1-5 (1/27) |


クエッタ市内にて
ブルカをまとった母親とこども


text and a photograph by Mr.Urusibara 禁・無断転載