| アフガニスタンからのレポート3 |
| 禁 無断転載 |
| JIT アフガン難民キャンプ訪問 平成16年1月3−5日 |
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| 今回のイスラマバード訪問はSARCのミーティングと重なってしまい、イスラマバードへの便は取りにくくなっていました。結局、ペシャワールまで飛行機で行って、そこから車でイスラマバードまで行くこととなりました。翌日朝早くイスラマバードからペシャワールまで向かいました。 メンバーは私とガリブさん、タルビールシディキさん、そしてガリブさんの友人のアシュファークアフマドさんでした。 | |||
| お昼の12時頃シャムシャトキャンプの入り口に到着。ラホールから来たナディームさんとシャザドさんと合流し、アルイルム スクールへ向かいました。 アルイルム スクールは昼の12時から始まります。ちょうど集会が始まり、青と白の制服姿の子供たち、ヒジャーブをしている先生たちが集まっていました。 集会はまず聖クルアーンからの読誦から始まり、パキスタンの国歌、アフガニスタンの国歌が歌われ、そしてその日一日が平安であるようにお祈りが唱えられます。 その日生徒の数は409名、先生は11名(全て女性。運転手と番人だけは男性でした)。学費免除、制服は支給。文具なども支給。孤児たちには月500ルピーが家族援助を通して与えられています。建物はもうすでにいっぱいで、1クラス(20名ぐらい)は庭で勉強を余儀なくされています。責任者のナディームさんは学校の拡張を願っています。また、ナディームさんは男子学校も近々始めたいと言っています。今の教育はアフガニスタンの学校法に従ってすすめられています。 アルイルム スクールの横にあるのは女性の職業訓練センター。この建物の半分以上はアルイルムスクールが使っています。訓練センターの生徒は49名。年齢はばらばらで、学校を続けられなかった子が大半です。裁縫と刺繍を習って家庭の家計の足しにしています。ナディームさんは、生徒の作ったものを販売できれば、訓練センターの拡張に使いたいと言っています。 夕方はアルキド・マッドのシャキルッラさんに会って様子を伺いました。彼によると、キャンプでは生活用品はもう必要なく、今大事なのは子供たちの教育だそうです。 |
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翌日はハリマスクールを訪問しました。生徒の数は450名、先生は20名。男女共学校。使用されている言語は英語とパシュトゥー語。教育内容はアフガニスタン学校法に従っています。 この日は、先生たちの教育訓練の修了証授与式の日でした。アフガニスタン領事を始め、メディアと色々なお客さんが招待されていました。実はこの日は私達の訪問に合わせて設定されていました。 授与式プログラムの内容は、聖クルアーンを読む生徒グループからいくつかの詩、ハムド等が唱えられました。それから学長のスピーチ、アフガン国旗を掲げるセレモニー、民謡とフォークダンス。 印象的だったのは学長のスピーチに日本のみなさんへの感謝の様子が伺え、JITの名前が何回も出たことです。 パシュトゥースピーチの内容はわかりませんでしたが、近いうちに英訳を送ってくるそうです。 |
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| もう一つ印象的だったのは、生徒が小さなドラマを見せてくれたのですが、その内容がJITの教育援助のプログラムであったことです。修了証書はJITから先生に渡されました。 最後に豪華なランチを食べながら学長ミスカーフィアの色々な話を聞きました。学長は、今後もJITの援助が続くよう願っていました。プログラムは午後1時まででしたが、私達は途中でアフガンRefugeコミッショナーに会いにいきました。 |
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| コミッショナーオフィスにおいて、デプティコミッショナーはJITのことをよく理解し、日本のみなさんへの感謝の気持ちを表していました。彼によると、色々な国際機関が最初の段階ではよく協力しますが、結局途中で帰ってしまうそうです。今、150万以上の難民がキャンプに暮らしています。キャンプ内の生活は決してよくないのですが、アフガニスタンへ帰るともっと大変なので帰りたくない、と言っています。 | |||||
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| 早急に援助が必要な家族の数は−−−世帯(家族) | |||||
| 第一段階 ・北ワズィーリスタン・・・・・・・・・・・・ 795世帯 ・ハリープールマンセラー・・・・・・・・1526世帯 ・バジョーレ エージェンシー・・・・・ 535世帯 ・チトラール・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 393世帯 ・南ワズィーリスタン・・・・・・・・・・・ 450世帯 |
第二段階 ・ディール・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1192世帯 ・コハート・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2539世帯 ・ノーシェラペシャワール・・・・・・・・ 2767世帯 ・マルダーン・・・・・・・・・・・・・・・ 1000世帯 ・フルラム エジェンシー・・・・・・ 1200世帯 ・D.I. ハーン・・・・・・・・・・・・・・・ 300世帯 |
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| これらの家族はUNHCRから食料等は与えられていますが、毛布、冬服等は全然足りていません。色々な国際団体が支援物資をペシャワール近辺に配ります。しかし、上述のような所には誰も行きません。JITが支援物資をこれらの地域まで届けてくれれば分配できるそうです。また、仕分けする場所とセキュリティーを保証してくれるそうです。 次はコミッショナーとのミーティング。コミッショナーは私達を大変歓迎し、詳しい話を聞かせてくれました。今は、150万人ぐらいの難民がキャンプに住んでいます。アフガニスタン内の状態は今だによくないので、これらの難民がすべて国へ戻るには後3、4年かかると推測されています。しかしながら、実際に去年国へ戻った難民は計画されたターゲットの半分も帰っていないという現状があります。 これらの難民は、服、毛布、コート等また食料、薬等を必要としています。 特に教育の面ではUNHCRは小学校レベルまでしか学校を作りませんので、今後中学校・高等学校を設立する必要があります。パキスタン政府はできるだけのことをやっています。アフガン難民は国内のカレッジ(大学)に特別入学枠を設けられています。 今大事なのは、すぐに使える支援物資と同時に教育援助であり、そのために教育担当とのミーティングをできるよう約束しました。 |
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| 私達は、ジャララバードへ行く予定でしたが、国境近辺で不安な状態が続き行くことができませんでした。担当のセラフディーンさんとペシャワールでミーティングをしました。彼の希望は、今すぐにでもジャララバードに職業訓練センターを作って困っている女性を助けてあげたい、ということです。 | |||||
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私達がパキスタンにいた頃、支援物資の4コンテナもすでに到着していましたが、通関で色々問題がありました。カラチ・イスラマバード間で色々やりとりがありましたが、通関許可はなかなか下りませんでした。 私はもうカラチに戻っていたので、1月12日にイスラマバードにいるチーフコミッショナーとミーティングをしました。コミッショナーは私を歓迎し問題をすぐに解決できるように指示しました。 話の中で支援物資をチャマヌの方に持っていくように言われました。しかし、前回2003年に私達はあまり協力を得られず、HCRAが自分で私達の持っていった支援物資を配ることになりました。しかし、その配り方には問題があり、私達は不満でした。 コミッショナーは今後特別に配慮し、JITのスタッフの手で支援物資を配るようにすると約束しました。 |
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| 最後になりましたが、日本のみなさんの支援によって、そして、私達の小さな努力でアフガニスタン難民の生活が少しでもよくなり、そしてできるだけ早く彼らが自分の国で平和的な生活をできるように祈っております。 | |||||
| ジャパン・イスラミック・トラスト 代表 アキール・シディキ | |||||